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絞首刑の事故:木名瀬礼助看守の報告 ロープの切断

資料15抜粋

これは当時、京都監獄の現役看守だった木名瀬礼助氏が「監獄協会雑誌第20号2号127~135頁(明治40年)」に投稿した記事「刑法改正案に就ての所感」から記事を抜粋(133頁11行目~135頁10行目)したものと、その現代語訳です。
この中には絞首刑の執行にあたってロープが切れたため釣り上げて死刑を執行した例と、死刑執行命令が出ているのを知らず再審請求した死刑囚を「強制を以って」処刑した例が挙げられています。木名瀬氏は「如斯(かくのごとき)事例を当然職務の行動なりと言う者あらば、余輩何をか語らんや」と述べています。

《現代語訳開始》
死刑を執行するにあたって、私は指揮・監督の立場で部下の執行者に現場で殺事を行わせた。その時の様子は、いくら職務であっても指揮者(である私)の部下たちの顔色は蒼ざめて、むしろ受刑者よりもかえって弱気になっているありさまだった。私も、言うまでもなく、この惨刑を執行する現場では惻隠・同情する気持ちが強くなったけれども、この場合、弱気を見せることは許されなかった。私は自ら進んで剛胆さをふるいおこし、虚勢を張って絞首台の上下周囲の者を指揮・監督した。予定通り首にロープを掛け、受刑者の立つ踏板を外した。受刑者が落ちると同時に思いもよらなかったことだが、ロープが中間で切れて受刑者が下に落ちて地面に倒れた。この予想外の出来事に際して、執行吏はもちろん、立会官もいっしょになって一時、呆然となってどうしたら良いのか分からなかったが、間髪を入れず対応すべき機会であり、一刻一秒も躊躇すべき時ではなかったので、私は自らその現場へ飛び込んで、受刑者の首に残っていた切れたロープを締めた。一方でそれを絞首台の上に結びつけて、更に釣り上げ、やっとのことで執行を終了した。ああ、この間の無惨・残酷については、今話すのであっても戦慄の思いを強く感じてしまう。
また、強盗殺人犯の死刑を執行した時の話である。ちょうど、執行命令が出たため刑場の準備をしていた。罪人に死刑の執行命令が出たことをまだ伝える前に、罪人から再審申立をしたいと申し出があった。もはやその余地はなく、既に死刑執行命令が出ている事を罪人に話して聞かせた。彼は大変な憤懣をもって苦情を唱え、死刑の執行を容易に受け入れようとはしなかった。さらに教誨師から丁寧に話してもらったが、彼は頑として不当であると主張し、全く考えを変える様子がなかった。そこで止むを得ず強制的に彼を絞首台へ引き連れていった。その時の状況で私は狂牛を引いて屠殺場へ行かせるような気持ちになった。
このような事例について、これを職務上の当然の行動であると言う者がいるのであれば、私は語る言葉を失ってしまう。
そもそも死刑の宣告のあと執行に至るまでの間、数ヶ月もしくは数百日間、監獄が直接担当して拘置し、監獄の官吏は平素接して話をし、法律規則の許す限り保護を加え、あるいは教誨をするなどしている。慣れるに従って自然と愛憐の情が深くなるのは人間の情としてあたり前である。それなのにいったん命令があれば、その者の死刑の執行を行うにあたって、前述のような大胆・勇気をふりしぼってその任に当るためには、俗に言う「昨日の仏、今日鬼」とならざるを得ない。
《現代語訳終了》

《引用開始》
死刑を執行するに当り、余輩指揮監督の地位に立ち、部下の執行者に現場に於て殺事を為さしめたるときの感相たるや、如何に職務なりと雖(いえど)も、指揮者の下斑にあるもの顔色蒼然として寧ろ受刑者より反て執行者が軟弱なる状ありし。併(しか)し余輩ももとより此の惨刑執行の現場に於ては惻隠同情の発動を旺ならしめ堪えざる者ありしと雖も、此の場合弱気を示すことを許さず、自から進で剛胆を鼓舞して、虚勢を張り、絞首台の上下周囲に指揮監督し予期の如く絞首せしめ、刑者の踏台を外し、台下に落ると同時に何ぞ図らん絞縄(こうじょう)、中間に於て切断し、刑者は地下に落倒せり。此の意外の出来に際し、執行吏は勿論、立会官も共に一時呆然として為す所を知らずと雖も、此の間髪を容れざる臨機に処し一刻一秒時も躊躇すべき場合にあらざるを以て余輩奮然自ずから其現場に飛込み刑者に残存する切断絞縄を締め、一面台上に結い付け、更に釣揚げ、漸く執行を結了せり。嗚呼、此の間に於ける無惨残酷、今更之を語るも転(うた)た戦慄の思あらしむ。
又、強盗殺人犯の死刑を執行するに際し、恰も執行指揮の命令に依り、刑場準備を為しつつあるも、未だ罪人に告達する前にあたり、罪人より再審申立を為さんと申出るも、最早其余地なく、既に其筋の命令あることを訓告したるに、彼れ、非常なる憤懣以て苦情を唱え、容易に肯んぜず。一面、教誨師をして、懇訓之を諭すも頑として不当を唱え、毫(ごう)も反省の状なく、止を得ず強制以て絞首台へ引致する当時の実況は、実に狂牛を曳て屠場に到らしむるが如き概あらしめたり。
如斯(かくのごとき)事例は之を当然職務の行動なりと言うものあらば余輩何をか語らん乎。
抑(あたか)も死刑の宣告後行に至るの間、少くも数月若は数百日間、直接主管の下に拘置し、監獄官吏は平素接近し、言談し、法律規則の許す限り保護を加え、或は教誨する等、自ら慣るるに従い、愛憐の情を深うするは人情の常なり。然るを一朝命令の下に之が執行を為すに当り、前述の如き大胆勇気以て其任に当るは俗に所謂昨日の仏今日の鬼たらざるを得ず。
《引用終了》

(原文を転記するにあたって、歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに、旧字体を新字体に改めた。また原文には句読点やルビ等が全くないが、適宜補った)

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