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オーストリア法医学学会会長ヴァルテル・ラブル博士の意見(2) -絞首刑ですぐ意識がなくなるとの説は誤りである-

オーストリア法医学会会長・インスブルック医科大学法医学研究所副所長のヴァルテル・ラブル博士が、絞首刑に関する質問に答えた第2回目の回答書です。

日本で60年前に行われた古畑種基博士による鑑定内容(絞首刑では首の動脈が閉塞するので、死刑囚の意識はすぐに消失する)は誤りであり、最低でも5~8秒、長くても2~3分間意識が保たれることや、東京拘置著の刑場の写真から同刑場で死刑囚の首の切断が起こり得ることなどをラブル博士は指摘しています。

ラブル博士回答書(2)

弁護人の質問12~17とラブル博士の回答

以下の追加質問Q12~17に御回答下さい。

1955年に日本の最高裁判所は「絞首刑は残虐な刑罰ではない」と判決を下しました。この根拠は判決の中で示されていませんが、しかし、その科学的・法医学的根拠が、1952年の古畑種基医学博士(当時東京医科歯科大学法医学部教授・前東京大学法医学部教授)による鑑定書にある可能性が高いと考えられます。

古畑博士はその鑑定書の中で死刑の執行方法を5つ列挙しました。彼は銃殺(「弾丸の貫通によって生ずる顕著なる損傷がみられる」)、斬殺(「頭と胴体がはなればなれになることと、大出血をきたすことによって、凄惨なる状態を現出する」)、電気殺(「今日では余り理想的な方法であるとは考えられていない」)、ガス殺(「瞬間的に死亡するから、最も苦痛を感ぜずに絶命するので、一番人道的な死刑方法であるといわれている」)について短く言及した後に、縊死について述べました。

彼は、1952年当時にウィーン大学教授であったシュワルツアッヘル教授の論文(〈ドイツ法医学雑誌〉11巻 145頁 1928年)に言及しました。古畑博士は、シュワルツアッヘル教授が同論文の中で「索条が左右相称に後上方に走っているときは、血管の内圧170ミリメートル水銀柱のときに、頚動脈を閉鎖するためには3.5キログラムの力を要し、両椎骨動脈を圧塞するためには16.6キログラムの力を要する」と言っていると述べました。そして、その後に古畑博士は「それ故、頸部に索条をかけて、体重をもって懸垂すると(縊死)、その体重が20キログラム以上あるときは左右の頚動脈と両椎骨動脈を完全に圧塞することができ体重が頸部に作用した瞬間に人事不省に陥り全く意識を失う。それ故定型的縊死は最も苦痛のない安楽な死に方であるということは、法医学上の常識になっているのである。但し頸部にかける索条が柔軟なる布片の類であるときと、麻縄やロープのような硬い性質のものである場合とでは、死亡するに至る状況に多少の差異を生ずる。柔軟な布片を用いることは、ロープや麻縄を用いる場合に比して、遙かに安楽に死に致らしめることができるのである。法医学上からみると、以上述べた5種の死刑執行方法の内、死刑囚をして苦痛を感ぜしめることが少なく且つ瞬間的に死亡するものとして、青酸ガスによる方法と縊死による方法が一番よいものであると考えられる。但し我国で死刑執行の方法として現在行われている方法が、この法医学上の原理を充分に理解して行っているものでないならば、その致死に理想的でないところがあるであろうと推察せられる。絞殺が最も理想的に行われるならば、屍体に損傷を生ぜしめず、且つ死刑囚に苦痛を与えることがなく(精神的苦痛は除く)且つ死後残虐観を残さない点に於て他の方法に優っているものと思う」と続けました。

そして彼は5つの方法それぞれで執行後から絶命に至るまでの時間について述べました。

古畑博士の意見の結論は以下の通りでした。「現在我国に行われている絞首刑は医学上の見地より、現在他国に行われている死刑執行方法と比較して残虐であるということはない。但しこの執行方法の細部に於ては、これを改善する余地はある。斬殺、瓦斯殺に就ては執行の直後に絶命するが絞殺の場合は、死刑執行の直後に意識を消失し、本人は何等苦痛を感じないが、心臓は尚微弱、不規則に10分乃至30分位は微かに搏動しておる。」(注 「粍」〈ミリメートル〉など難解な漢字の表記を改めた)

質問12 現在の法医科学の見地から考察して、1928年にシュワルツアッヘル博士が行った上記の実験について、訂正すべき点や追加すべき点はありますか。もしありましたら御説明ください。

シュワルツアッヘルが記述した力の値は正確です。

質問13 現在の法医科学の見地から考察して、1952年に古畑博士が書いた上記の意見書について訂正すべき点や追加すべき点はありますか。もしありましたら御説明ください。

赤い文字にした原文中の文節(訳注 指摘の箇所は以下の引用中の下線部「それ故、頸部に索条をかけて、体重をもって懸垂すると(縊死)、その体重が二〇瓩以上あるときは左右の頚動脈と両椎骨動脈を完全に圧塞することができ体重が頸部に作用した瞬間に人事不省に陥り全く意識を失う。それ故定型的縊死は最も苦痛のない安楽な死に方であるということは、法医学上の常識になっているのである。」)は明確に間違っています。たとえ仮に脳内の血液循環が直ちに停止したとしても、脳内には多量の酸素が──少なくとも数秒間は意識を保つのに十分なだけ残っているので、絞首刑において意識の消失が「瞬間に」起こることはありません。ロッセンらの実験を参照してください(ロッセン・R、カバット・H、アンダーソン・JP(1943年)「ヒトにおける急性脳循環停止」〈神経学精神医学紀要〉50巻510~528頁)。著者は首の組織を圧迫するために、若い男性(111人)の首の周囲に血圧カフを使用しました。600ミリメートル水銀柱の圧力で、被験者は5秒から10秒で意識を失いました。その直後に全身のけいれんが起こりました。多くの者が性質と強度が異なる疼痛を訴えました。古畑博士は意識が保たれて苦痛のある時間を考慮しませんでした。ロッセンらの論文中で、被験者はある程度の激痛を口にしました。

法務省は東京拘置所の刑場の写真を昨年(訳注 2010年)の夏に公開しました。その写真を添付しております(参考資料13)。どうぞ御精査ください。この公開で、参考資料10が報告したとおり、踏み板の高さは約4メートルと判明しました。

質問14 私共は、貴殿の論文から、仮に、絞首刑において、踏み板の高さが低く、細くて硬い針金のような索状物を使用しないとすると、頸部に負荷される落下エネルギーの不足のために頭部離断は発生し難いと理解しています。これは正しいでしょうか。

はい。

質問15 東京拘置所の踏板の高さ4メートルは頭部離断を起こし得る限界の力12000ニュートンを発生させるのに十分な高さでしょうか。仮に必要があれば、ロープはそれほど弾力性がなく、受刑者の体重が65.8キログラム(2007年の日本人成人の平均体重)および100キログラム(私共の依頼人の体重)であるとの条件で御説明ください。

はい。我々の論文の図5から御理解いただけると思いますが、頭部離断はたとえ4メートルより低い高さからの落下であっても起こり得ます。決定的な要因は減速距離(係数s)です。

質問16 写真を精査して頂いた後で、日本の絞首刑に頭部離断や意識を保ったままのゆっくりとした窒息死の危険性の高い危険性が存在するという貴殿の御意見(質問7に対する回答)を変更されますか。

いいえ。お分かりの通り、日本における刑場の状況からすると、落下の高さは最低でも4メートルはあります。

質問17 これは質問7に対する貴殿の回答の確認です。貴殿は「『正確な』落下表なるものがあるとすれば、それは一方で頭部離断の危険性を減らすかも知れませんが、他方でより低い落下の高さ(ロープの長さ)は意識を保ったままのゆっくりとした窒息死の危険性を増やします」と述べられました。貴殿の言わんとするところは、正確な落下表なるものがあるとすれば、それは一方でより低い落下距離を導き出す可能性があるので頭部離断の危険性を減らすかも知れないが、他方で意識を保ったままのゆっくりとした窒息死の発生は落下の高さとは無関係であるので、より低い落下の高さ(ロープの長さ)は意識を保ったままのゆっくりとした窒息死の危険性を相対的に増やすという事でしょうか。

はい。

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