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絞首刑の事故:メージャー・リゼンバー氏(米国) 首の切断

資料1抜粋

クリントン・T・ダフィー(Clinton T.Duffy)氏は、1940年から1952年までの間、サン・クエンティン刑務所の所長を務めました。彼は1942年5月1日のロバート・ジェームズことメージャー・リゼンバー(Major Lisemba)氏の絞首刑を所長として執行しました。

ダフィー氏はその模様を「死刑囚 88人の男と2人の女の最期に立ち会って」という手記(柴野方彦訳 サンケイ出版 1978年)に書いています。その中で同氏は死刑執行の状況には直接触れず、その様子を、自らが記者に語った言葉の中で示しています。同氏は死刑を執行する現場の責任者だっただけにその言葉には重いものがあります。

以下に同書籍の該当箇所(14頁下段1行~15頁上段8行)を抜粋して引用します。この資料の引用はお断りします。

《引用開始》

すべてが終わったあとで、私は、一生のうちで最もけがらわしい罪を犯したような気持ちで、事務所へ戻った。死刑執行書類に署名してから、知事室へ必要事項を報告した。それから、絞首刑の話をするなど思ってもいやだったが、とにかく、報道記者たちに会う決心をした。エグザミナ紙の記者が指摘したとおり、異常な立場ではあったが、私がどう思っているかを記者たちに告げる義務があると思ったからだ。

「この死刑に関するあなたの感想を発表してください」

一人の記者が聞いた。

「わたしは、カリフォルニア中の人が、みな処刑の光景を見たらよかったと思う。リゼンバーの顔から、ロープのために肉がもぎ取られ、半ばちぎれた首や、飛び出した眼や、垂れ下がった舌を、みんなが見たらよかったと思う。宙ぶらりんに揺れ動く彼の脚を見たり、彼の小便や脱糞や、汗や固まった血の臭いを、みんなが嗅いだらよかったと思う」

だれかがあえぎ、一人の記者がつぶやいた。

「所長、そんなことは活字に出来ませんよ」

「出来ないのは分かっている。しかし出来たら、みんなのためになる。州民たちに、彼らの指令がいかに遂行されたか正確に知るのに役立つ。かつて死刑に票を投じた陪審員全部、かつて宣告を下した裁判官全部、私たち皆に、この苦しい試練を通り抜けることを余儀なくさせる法律の通過を助けた立法者全部は、今日、わたしと一緒にいるべきだった」

私は、前にいる蒼白な顔の円陣をぐるりと見回した。さらに、前へ乗り出して言った。

「諸君、これがわたしの感想だ。これはわたしの生涯で最も恐ろしい経験であったし、二度と繰り返さないようにと神に祈るだけだ。あとは何も言うことはない」

《引用終了》

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