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法医学者古畑種基博士の意見(1952年)-死刑囚はすぐ意識を失うので苦痛を感じない-

法医学者古畑種基博士の意見(1952年)

1952年(昭和27年)10月27日、松下今朝敏・今井春雄両名に対する強盗殺人被告事件で、刑法学者の古畑種基博士は絞首刑に対する鑑定書を東京高裁刑事一部に提出しました。その記録は「死刑廃止論の研究」(法学書院、1960年)424~433頁に記載されています。ここではその内容を抜粋して引用します。古畑博士は死刑囚はすぐ意識を失うので苦痛を感じないとして、日本の絞首刑は残虐ではないと述べています。

古畑種基博士の鑑定書(昭和27年10月27日)

《引用開始》

(冒頭略)

第2節 我国に行われている絞首刑は外国の死刑方法と比較して残虐であるか

現今用いられている死刑執行の方法は、前に述べたように絞殺、斬殺、銃殺、電気殺、瓦斯殺の5種であるが、この中どの方法が医学的にみて1番苦痛のない方法であるかというと、絞殺と瓦斯殺である。

銃殺は普通の射殺方法と、死刑囚が一定の地位にたつと銃口が正しくその額に向くように予め照準がきめられている定着銃による方法とがあるが、何れも弾丸の貫通によって生じる顕著なる損傷がみられる。

斬殺は手斧又はギョッチンによって頭骨を切断する方法であって、頭と胴体がはなればなれになることと、大出血をきたすことによって、凄惨なる状態を現出する。

電気殺は現在でも米国のある州で行われる方法であるが、今日では余り理想的な方法であるとは考えられていない。

瓦斯殺は青酸ガスの充満している容器と密室とを連絡し、死刑囚がその密室に入るとその室の中に青酸ガスが入り、これによって瞬間的に死亡せしめる方法で、瞬間的に死亡するから、最も苦痛を感ぜずに絶命するので、1番人道的な死刑方法であるといわれている。絞殺は頚部に絞縄をまきつけて絞頚によって窒息死に陥らしめる方法で、昔から世界の各国で行われて来た、ごくありふれた方法である。

絞頚には頚部に索条をまきつけて絞圧する、いわゆる絞殺と、頚部に索条をまきつけて懸垂し、自己の体重によって頚部を締める、いわゆる縊死の2つの方法がある。

現在墺国ウィーン大学の法医学教授をしているシュワルツアッヘル博士が1928年(昭和3年)独逸法医学雑誌第11巻145頁に報告している研究によると、人の頚部を通って頚部にいっている動脈には気管の両側を気管に沿うて走る総頚動脈と、頚椎骨の中の横突起の中を骨に保護せられながら走っている椎骨動脈とがある椎骨動脈は頚部に於ては骨の管の中を走っているが、第1頚椎の所で横突起から出て少したるみをみせて大後頭孔から頭部に入ってゆく。血管にたるみがあるので、首を前後左右に動かしても、この椎骨動脈が引っ張られたり、圧迫せられたりすることがないようになっている。

フランスの有名なる法医学者ブルーアルデル教授は、気道を絞圧閉鎖せしめたるには15キログラムの力を要し、頚動脈は2キログラム、頚動脈は5キログラム、椎骨動脈は30キログラムの力で絞首すると血行不能に陥るといっているが、前述のシュワルツアッヘル教授は、索条が左右相称に後上方に走っているときは、血管の内圧が170ミリメートル水銀柱のときに、頚動脈を閉鎖するためには3・5キログラムの力を要し、両椎骨動脈を圧塞するためには16・6キログラムの力を要するといっている。それ故、頚部に索条をかけて、体重をもって懸垂すると(縊死)、その体重が20キログラム以上あるときは左右頚動脈と両椎骨動脈を完全に圧塞することができ体重が頚部に作用した瞬間に人事不省に陥り全く意識を失う。

それ故定型的縊死は最も苦痛のない安楽な死に方であるということは、法医学上の常識になっているのである。

但し頚部にかける索条が柔軟なる布片の類であるときと、麻縄やロープのような硬い性質のものである場合とでは、死亡するに至る状況の多少の差異を生ずる。

柔軟な布片を用いることは、ロープ麻縄を用いる場合に比して、遥かに安楽に死に致らしめることができるのである。

法医学上からみると、以上述べた5種の死刑執行方法の内、死刑囚をして苦痛を感ぜしめることが少なく且つ瞬間的に死亡するものとして、青酸ガスによる方法と縊死による方法が1番よいものであると考えられる。

但し我国で死刑執行の方法として現在行われている方法が、この法医学上の原理を充分に理解して行っているものでないならば、その致死に理想的でないところがあるであろうと推察せられる。

絞殺が最も理想的に行われるならば、屍体に損傷を生ぜしめず、且つ死刑囚に苦痛を与えることがなく(精神的苦痛は除く)且つ死後残虐感を残さない点に於て他の方法に優っているものと思う。

私は我国において行われている死刑方法は、外国に行われている方法と比較して、特に残虐なものでないと考える。然しながら、現在の死刑執行方法に改善の余地なきやと問われれば、私はその余地があると答えたい。

(中略)

第3章 鑑定

以上説明の理由に基づき次の如く鑑定する。

1 現在我国に行われている絞首刑は医学上の見地より、現在他国に行われている死刑執行方法と比較して残虐であるということはない。但しこの執行方法の細部に於ては、これは改善する余地はある。

斬殺、瓦斯殺に就ては執行の直後に絶命するが絞殺の場合は、死刑執行の直後に意識を消失し、本人は何等苦痛を感じないが、心臓は尚微弱、不規則に10分乃至30分位は微かに博動しておる。                                                                                                  以上

この鑑定は昭和27年2月13日着手同年10月27日終了した。

《引用終了》

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