- 2011-11-01 (火) 23:00
- 裁判資料
オーストリア法医学会会長・インスブルック医科大学法医学研究所副所長のヴァルテル・ラブル博士が、絞首刑に関する質問に答えた第3回目の回答書です。
絞首刑では、死刑囚を落とす高さやロープの結び目の位置を調節して、死刑囚の首の骨を折り、即死させようとしていると言われます。しかし、ラブル博士によると、そもそも絞首刑で首の骨は折れない上に、首の骨が折れても意識は無くならず、即死することはまれです。この他にもラブル博士は、絞首刑で死刑囚の意識が保たれたまま首がひどく傷付くことなども述べています。絞首刑についての情報は誤まった情報がたくさんあります。
ラブル博士回答書(3)
弁護人の質問18~28とラブル博士の回答
以下の追加質問18~28に御回答下さい。
1935年、石橋無事医師(医学士、九州帝国大学医学部法医学教室助手)は「死刑屍の法医学的観察(上)」及び「同(下)」(〈犯罪学雑誌〉9巻540~547、660~666頁 1935年 日本語で記述され、書誌情報のみはドイツ語でも提供された。日本で出版)という2つの論文を執筆しました。
同医師は、その論文で、同教室で剖検が行われた14例の絞首刑死体の法医学的所見を報告しました。彼はこの報告を死体の解剖記録11例(事例1~11)と保存された頸部臓器所見3例(事例12~14)から作成しました。私共は各事例の所見を抽出し、参考資料14として添付いたしました。
同医師はその中の10例(事例2、3、7~14)で頸部の所見を得ることができました。
1例(事例2)では、頸部に著変はありませんでした。9例(事例3、7~14)では、頸部の臓器は広汎に離断されていました。軟骨の骨折、筋肉・靭帯・血管の断裂、著明な出血、及び空洞の形成が存在しました。第2頸椎の骨折は2例(事例10、14)で見られました。2重の索痕が2例(事例7、10)に認められました。
彼の結論は、以下の通りでした。
絞首刑において、これらの諸変化は絞頸と同時に重い身体が急激に落下したため、頸部に作用した力が、普通の(絞首刑ではない)縊死に比して甚だしく強烈であったために起こったものと推測できる。
質問18 石橋医師の報告は脊椎骨を除く首の臓器が、絞首刑の落下の衝撃で簡単に損傷したことを示唆しているように思われます。首の臓器の引っ張り強さに関する貴殿の研究から同医師の結果を御説明ください。
我々の結果は、これらの観察結果と一致しています。胸鎖乳突筋を離断するための平均的な力は80ニュートン、首の皮膚は1センチメートル当たり150ニュートン、そして頸椎の分離(骨折は無し)には1000ニュートンの離断力が必要でした。
質問19 貴殿は、質問5への回答で、まれな例を除き、絞首刑で絞首された者の意識は最低でも5~8秒保たれると述べられました。絞首された者は、意識のある間に、上記の首の損傷による疼痛を感じるのでしょうか。
このような損傷は絞首された者に深刻な疼痛をもたらします。
質問20 古畑博士の意見は、体重が20キログラムを越える全ての受刑者の絞首刑において、頸部の動脈の血流が完全にかつ瞬間的に停止するという前提に基づいていると思われます。現在の法医科学の見地からして、この前提は、ロープが非対称に置かれた場合でも正しいでしょうか。回答の理由を御説明下さい。もし、この問題に関する論文を御存知ならばご紹介下さい。
非対称なロープの位置(最高点が耳の前──非定型縊頸)の場合、最高点の側の動脈(頸動脈及び椎骨動脈)は多くの場合閉鎖しません──これは結膜や口腔粘膜等の点状出血を伴ったうっ血症候群、及びより長い意識の持続をもたらします。しかし、仮に頸部の動脈が速やかに閉塞されても──脳に貯められた酸素が数秒間(5~8秒)の意識の持続を可能にします。
絞首刑において、受刑者が迅速に死亡するように、落下距離やロープの結び目の位置を調整して首の骨折を起こそうとしているとしばしば言われます。しかし、石橋医師の結果は骨折の頻度が低いことを示唆し、それはジェームズら(〈国際法医科学〉54巻81~91頁)の記載とも一致しているように思われます。
その通りです──これは法医学において認知され、かつ広く受け入れられている事実です。この文脈で言及されなければならないのは、脊椎骨が骨折しても迅速な意識消失を起こさない事です。骨折した脊椎骨の一部が移動して延髄を傷付けなければなりません。第2頸椎の椎骨体の骨折(事例10)、もしくは第2頸椎の左右上関節面の不完全骨折(事例14)は、本来、意識の消失を起こしません!!
質問21 絞首刑において脊椎の骨折を起こす法医学的もしくは生体力学的な条件をご説明下さい。仮に意図したとしても、その条件を実現するのは難しいのでしょうか。もしそうならば、それはなぜ難しいか御回答下さい。
脊椎の骨折は、脊椎骨の生体力学的な限界を越える力によって起こります。これは圧迫(縊死ではあり得ない)、過伸展、過屈曲、過大な側方への運動、もしくは捻転(あり得ない)によって達成されます。非対称なロープの位置は、骨折が起こる可能性を増大しますが、骨折や、まして延髄の損傷を保障しません。
質問22 貴殿は質問4と5に対して、(「ほぼ瞬間的」な死をもたらす)延髄の圧迫を伴う頸椎の骨折はまれであると回答されました。貴殿は石橋医師の報告で頸椎の骨折の割合が低かったことは、貴殿の回答を裏付けるとお考えになりますか。
はい。骨折はまれで、さらに延髄の損傷は極めてまれです。
質問23 これは古畑博士が鑑定書の中で引用したシュワルツアッヘル博士の論文に関する確認です。シュワルツアッヘル博士は死体の喉へロープを対称にあてて首の血管を完全に閉塞するための力を測定しました。彼は非対称なロープの位置での実験や首の血管が完全に閉塞した者の意識についての実験は行いませんでした。
これは正しいですか。もし私共の理解が誤っていたら、説明と訂正をお願いいたします。
この論文においてシュワルツアッヘルは他のロープの位置についても言及しています。しかし単に言及しただけです。また(ロープの最高点が首にある)定型縊頸において動脈の血流を止めるための最低の力について言及しています。
1997年に元刑務官の坂本敏夫氏が書いた「元刑務官が語る刑務所」(三一書房、32~33頁 日本語)を引用します(原典の明らかな誤植を訂正しました 訳注)。引用の中で同氏は刑務官時代を回想しています。
(50歳を過ぎた老練の刑務官が坂本氏に話しかけています 訳注)
「わしは2回死刑を執行している。2回目の時、新米の看守長が死刑囚の首にロープを掛ける役だった。顔面蒼白で手足を震わせていた。こりゃまずいと思ったのだが、踏み板を落とせという指示が出た。ハンドルが引かれて死刑囚は落ちたがロープが顎に掛かっていて絶命しない。所長も検事も皆、声も出ないほどうろたえていた・・・・」
老刑務官は天を仰ぎ声を詰まらせた。
「わしがな・・・・楽にしてやったんだ」
器械で死ねずに苦しんでいた死刑囚を殺してやったということだった(ここに言う「器械」とは、同一書籍の他の記載から、明治6年太政官布告65号所定の絞罪器械すなわち絞首台を指す 訳注)。
恐ろしく、しかし不幸な事に現実味のある内容です。
質問24 仮に、絞首刑で輪縄が上記の事例のように喉に当たっていなかったとすると、絞首された者の意識はどの位の時間保たれるか推定して頂けますか。輪縄が顔にかかっているような絞首刑の執行で受刑者は死ぬのでしょうか。回答の理由もご説明下さい。
これは絞首の際の、正確な輪縄の位置と頭部の動きによります。もし頸部の動脈が圧迫されていなければ──意識の消失は起こりません。
質問25 坂本氏は新人の刑務官が輪縄の位置を間違えたことを示唆しています。
それとは違って、落下の前に「適切な」位置にあった輪縄が、落下の衝撃や解剖学的な個人差の一方もしくは両方によって、落下の後に「不適切な」位置に移動することはあり得るでしょうか。(参考資料16、輪縄が首から外れた事例を添付しております)。
仮に直径が大き過ぎるならば、輪縄は「動き」得るので、こういうこともあり得るでしょう。
質問26 私共はロッセンらの論文(1943年)は多くの論文で引用されていると理解しています。同論文の信頼性はどこに由来すると貴殿はお考えですか。法医科学者の視点から御回答下さい。
ロッセンは彼の実験を生きた(!!)若い男性で行ないました。このことが同論文を類のないものとしました──他の著者が観察したり実験したのは死体についてです。
質問27 これはロッセンらの論文についての確認です。被験者は脳への血液を停止しただけで疼痛を感じました。これは正しいですか。
これらの人々の疼痛が頸部に加わった力によって起こるはずがありません。疼痛の感覚は頸部臓器と脳の循環不全で説明できます(おそらく脳の腫脹と頭痛を伴っています)。
わが国の絞首刑では、皮で被われた、直径2センチメートルの麻の輪縄が使用されると言われています。
質問28 麻の輪縄を皮で被うことにより、受刑者において以下が起こる可能性は少なくなるでしょうか。
(1)皮膚への損傷。
(2)皮下の頸部臓器への損傷。
(3)頭部離断。
(4)意識を保ったままのゆっくりとした窒息死。
回答の理由も御説明下さい。
皮で被うことによって、より表面が滑らかなので、表皮剥落が起こる可能性だけは小さくなるでしょう。そのように被うことで力それ自体は減らないので、2、3及び4が起こる可能性は変わりません。
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